SPECIALスペシャル

1周年記念ショートストーリー「The Afterdays」

1周年記念ショートストーリー「The Afterdays」

文:三雲岳斗
イラスト:茜しらす

待ち合わせの駅前広場に現れたのは、信じられないくらい綺麗な少女だった。
野暮ったい眼鏡と帽子を身に着けていても、彼女の端整な顔立ちは隠し切れていない。
アイドルグループ〝メルベイユ〟の一員、輝星学園芸能科二年生の有坂或花だ。

「お待たせ。みんな揃ってる?」

遅刻してきたとは思えない堂々とした態度で、或花が訊く。
そんな或花に文句を言ったのは、私のクラスメイトの小瀧奏汰だった。

「遅ェよ、有坂。集合時間も守れないなんて、ったく、芸能科の生徒はこれだからよ…」
「そう……奏汰は要らないのね。差し入れにケーキを買ってきたのだけれど」
「お待ちしておりました、有坂さん! お荷物お持ちいたします!」
「ん。よろしい」

あっさりと掌を返した小瀧に高級そうなケーキ箱を押しつけて、或花は私たちのほうに向き直る。
或花の到着を待っていたのは、私と小瀧を含めた六人の男女だ。
学年も学科もバラバラな私たちは、輝星学園の非公認ギルド、〝SSS〟こと生活相談室のメンバーだった。

「小瀧の言うことは気にしないでいいよ、或花。私もさっき来たばかりだから」
「ありがとう、乃愛。大丈夫。気にしてない」

或花は私と目を合わせて、口元を緩めた。

「いや、有坂は少しは気にしろよ。この忙しい俺様を十五分も待たせやがったんだからよ。なあ、代行」

月山くん——月山大河が、SSSの室長代行を任されている友人に同意を求める。
〝代行〟は小さくうなずいて、真面目な口調で或花に告げた。

「大河は、みんなに会えるのを朝から楽しみにしてたから」
「なっ……違う! 俺様はそういうことを言ってるわけじゃねえ!」
「代行も私に会えるのを楽しみにしてくれてた?」
「もちろん」
「そう……そっか……」

俺様の話を聞け、と隣で騒いでいる月山くんを無視して、或花が満足そうな微笑みを浮かべる。いつも超然としている或花にしては珍しい、わかりやすくご機嫌な表情だ。

「そろそろ行こうか、代行。急がないと予約の時間に間に合わない」

多喜先輩の言葉に〝代行〟がうなずき、私たちは移動を開始した。
目的地は駅の近くのカラオケボックスだ。
いつもは生活相談室の部室に集まっている私たちだが、期末試験の直前ということで、今週は部室が使えない。
そこで今日はカラオケボックスを使って、みんなで勉強会をすることになったのだ。

「そういえば代行の体調はもう大丈夫なの?」
「まあ、大体は」

或花の質問に〝代行〟が答える。

現実世界を侵食する怪物〝デザイア〟の騒動が終わって約一カ月——
その一カ月間のほとんどを、〝代行〟は病院のベッドの上で過ごした。
彼自身の〝デザイア〟の消滅によって、グリッチから現実世界へと帰還した〝代行〟の生身の肉体は、それほどまでに衰弱していたのだ。

そんな〝代行〟が学校に復帰したのは、ほんの数日前ことだ。
だから、体調よりもテストのほうが不安だ、と〝代行〟は言う。
退院した直後に、いきなり期末試験が迫っていたからだ。

「安心して。今日はそのための勉強会だから」

そんな〝代行〟を励ますように、私は明るい声を出す。

〝デザイア〟が消滅したときに〝代行〟は、私たちと過ごした日々の記憶を失っていても不思議ではなかった。
しかし彼は、私たちのことを憶えていてくれた。
私はそのことが嬉しかったし、そんな彼のためにできる限り力になってあげたいと思う。
それはきっと〝SSS〟のみんなも同じ気持ちだろう。

「そうだぜ。全国トップクラスの成績の多喜先輩が勉強を見てくれるんだからな。校内の期末試験くらい楽勝だろ」
「小瀧……期待してくれているところ悪いが、俺と小瀧たちは学年も専攻も違うのを忘れるなよ? あまり過信されても責任は取れないぞ」
「え……マジで?」

多喜先輩の冷静な指摘に、小瀧が頰を引き攣らせる。

「どうして小瀧が動揺してるの?」

今日は〝代行〟の勉強を手伝うために集まったのではないか、と私は訊いた。

「いや、それはほら、ついでに俺の試験対策もお願いしようかなって……俺もけっこう進級がヤバいんだよ…」
「もし小瀧先輩が進級できなかったら、来年は一緒のクラスになれるかもしれませんね」

私たちの後輩である埜間江茉ちゃんが、なぜか嬉しそうに小瀧に呼びかける。
当然ながら、小瀧はものすごく嫌そうな顔をした。

「おい、そういう恐ろしい予想はやめてくれ。万一実現したらシャレにならねえから」
「わはははは。エマ子もそういう冗談が言えるようになったんだな」
「冗談のつもりではなかったんですけど……本当に一緒のクラスになれたらいいなって思って……」

豪快に噴き出す月山くんに、江茉ちゃんが恥ずかしそうに言い訳する。
そう言ってくれるのは嬉しいけど嬉しくねえ、と小瀧が情けない表情を浮かべた。

そうこうしているうちに、私たちは無事にカラオケボックスに到着した。
七人が入れる少し大きめの部屋を取り、途中で買ったお菓子や飲み物を運びこむ。飲食物の持ち込みが許可されている店なのだ。

「このケーキ、〝リトルビレッジ〟の新作ですね?」

或花が買ってきた高級そうなケーキを、江茉ちゃんが慣れた手つきで取り分ける。
〝リトルビレッジ〟は、江茉ちゃんがアルバイトをしている喫茶店だ。だから彼女は、或花のケーキの銘柄にもすぐに気づいたらしい。

「うん。みなみが美味しいって言ってたから買ってきた」
「はい。いつも夕方までには売り切れることが多いんです。〝ジョハリ〟でも話題になってるみたいで」
「おお……たしかに美味いな。なんか高級そうな匂いがするし」

真っ先にケーキにかぶりついた小瀧が、満足そうにそう言った。
そんな小瀧に向かって、或花が言う。

「奏汰。私はアイスティーでいいわ」
「いや、アイスティーでいいわってなんだよ? ロビーに自販機があっただろ」
「ストレートで。砂糖もミルクも要らないから」
「俺に買ってこいって言ってるかよ⁉︎」

小瀧はぶつぶつと文句を言いつつも、或花のぶんの飲み物を買いに行く。
そして或花はその隙に、小瀧がさっきまで座っていた席へと素早く移動した。
どうやら或花の本当の目的はアイスティーではなく、小瀧の席を奪うことだったらしい。
なぜなら小瀧の隣の席には〝代行〟が座っていたからだ。普段はクラスが違う或花としては、せめて休日くらい、〝代行〟と一緒に勉強をしてみたかったのだろう。

「或花はテスト勉強、大丈夫? 最近、アイドルの仕事が忙しそうだけど……」

私は苦笑しながら、或花に訊く。

「大丈夫。うちの事務所はいちおう学業優先っていうことになってるし、先輩たちも手伝ってくれるから。ノートのコピーや過去問をくれたり」
「そうなの?」

へえ、と私は少し感心した。
グリッチを巡る騒動ではなにかと対立していた〝メルベイユ〟のメンバーだが、事件を乗り越えて、以前よりも結束が強まったらしい。

「くそう……うらやましいぜ、有坂」

買い出しから戻ってきた小瀧が、しみじみと実感の籠もった口調で言った。

「その過去問って、俺たちは使えないよな?」
「無理。学科が違うから」

或花にバッサリと切り捨てられて、小瀧がガックリとうなだれる。
それを見て、怪訝そうな顔をしたのは月山くんだった。

「小瀧は、過去問どころか本番の試験問題も手に入るって言ってなかったか? 〝革命組織〟で売買されてるって」
「それは〝クイント〟がいたころの話だろ。今の〝革命組織〟は非合法の裏サイトでもなんでもなくて、普通の掲示板サイトになっちまってるから、そういうのはもう無理だ」
「そう……流出した試験問題が手に入らなくなったせいだったのね。奏汰が落第の危機に陥ってるのは」

或花が哀れむような眼差しを小瀧に向ける。

「ち……違ェよ! いくら俺でもさすがに試験問題を買ったことはねえよ……!」
「そうなの?」
「そうだよ! 売値が高くて手が出なかったからな……!」
「あー……」

説得力に満ちた小瀧の発言に、私たちは納得の溜息をもらした。倫理観や正義感で手を出さなかったと言われるよりは、お金がなかったという正直な理由のほうが小瀧らしくて信用できる。

「グリッチの事件が終結した時点で〝革命組織〟の役目も終わったからな。それは〝保安局〟も同じじゃないのか、初瀬?」

多喜先輩に訊かれて、私はうなずく。

「枢衛局長は〝ジョハリ〟の運営を民間企業に譲渡して、〝保安局〟は解体するつもりみたいです」
「そうか。産学協同プロジェクトとはいえ、あの規模のシステムを、学生ベンチャー企業が運営していたのがそもそも異例だったからな。今にして思えば、それもMAYAたちが裏で操作していたんだろうが……」

多喜先輩がわずかに表情を険しくして呟いた。
複合現実システムを採用したクロスリアリティ・ネットワークサービス〝ジョハリ〟——
それは単なるSNSにとどまらず、金融やインフラをも網羅した巨大なシステムだった。
〝ジョハリ〟がそれほどの力を持った理由は、枢衛影彰という天才プログラマーの存在と、彼の〝デザイア〟による現実世界への関与があったからだ。
しかし〝デザイア〟は消滅した。
もう〝ジョハリ〟の運営を、〝保安局〟だけが担う必要もなくなった。だから枢衛局長は、〝保安局〟の解体を決めたのだろう。〝保安局〟に対抗するために生まれた〝革命組織〟がただの掲示板サイトに変わったように、〝ジョハリ〟もただのSNSへと変わるのだ。

「じゃあ、〝保安局〟はなくなっちまうのか?」
「うん。今は民間企業への引き継ぎ中。枢衛局長は、そのあとでまた新しいサービスを立ち上げるつもりみたい」
「へえ……なんでもいいけど、次は人類が滅びるような事件が起きないサービスにして欲しいよな」
「あははは……それは大丈夫だと思うよ。ね、代行?」

私はそう言って代行と見つめ合う。
枢衛局長が作ろうとしている新しいサービスの名前は〝SSS〟——
私たち生活相談室が行っていた〝お悩み相談〟を、全世界規模で行いたいのだと彼は言っていた。
それはもしかしたら、消滅してしまった優里先輩に対する局長の贖罪なのかもしれない。
そして私と〝代行〟は、そんな局長に協力することになっている。
そのことは、私と〝代行〟だけの秘密だ。今はまだ——

「——歌うわね」

それまで真面目に勉強を続けていた或花が、唐突にそう呟いてノートを閉じた。

「え? 或花?」

私は驚いて或花を見る。
しかし或花は私たちの困惑を無視して立ち上がり、カラオケの選曲端末を起動した。

「勉強には飽きてしまったわ。せっかくカラオケボックスに来たんだもの。今から一曲くらい歌ってもOKよね?」
「ぶっ……」

私たちが呆気にとられる中、多喜先輩が唐突に笑い出す。

「くくっ……カラオケに来て『今からOK』……って……面白すぎるだろう、有坂……」
「多喜先輩……? そんなに面白かったっすか?」

腹を抱えて笑い続ける多喜先輩に、小瀧が怪訝な視線を向けた。
いつも冷静沈着な多喜先輩が、こんなダジャレで大笑いするのは意外すぎる。

「あ、或花先輩が歌うなら、私たちは応援しないとですね。こんなこともあろうかと、ちょうどここにペンライトが……」
「江茉ちゃん、普段からペンライトを持ち歩いてるの……⁉︎」
「はい。いつでもヒーローショーに参加できるように準備しています! オタ芸の練習もばっちりです!」

いつも真面目で大人しい江茉ちゃんの意外な一面に、私は少し面喰らう。
そんな江茉ちゃんの隣に座っていた月山くんが、不意に立ち上がってギターを構えるようなポーズを取った。

「くくく……ついに来たようだな。俺様のエアギターを披露するときが!」
「エアギター……くっ……カラオケでエアギターって……」

月山くんの言葉を聞いた多喜先輩が更に声を大きくして笑い出す。
今まで見たことがないような彼らの姿に、私と小瀧は顔を見合わせた。
或花も江茉ちゃんも月山くんたちも、明らかに普通のテンションではない。気のせいか、彼女たちの頰はほんのりと上気して赤らんでいるように見える。

「なにこれ……みんなどうしちゃったの……?」
「なあ、ちょっと思ったんだが……有坂が買ってきたこのケーキ……もしかして酒が入ってたんじゃねえかな?」
「お酒……?」

私はケーキを食べたときに嗅いだ、高級感のある匂いを思い出す。
ケーキなどの焼き菓子に独特の風味と香りをつけるため、洋酒を使うのはそれほど珍しいことではない。どのみち焼けばアルコール分は揮発するので、それが問題になることも滅多にない。
しかし一パーセントにも満たないわずかなアルコール分でも酒は酒だ。
アルコールに極めて弱い体質の人間が、酔ってしまっても不思議はない。

「じゃあ、もしかしてみんな酔っ払ってるってこと? ケーキの香りつけの洋酒で酔っ払うことなんてある?」
「だけど、ほかに説明がつかないだろ、この状況は……」

試験勉強そっちのけで熱唱を始めた或花たちを眺めて、小瀧がやれやれと首を振る。
そんな中、それまで沈黙していた〝代行〟が静かに立ち上がった。

「代行……!」
「みんなを止めてくれるのか?」

私と小瀧が、期待に満ちた声を上げる。
どちらかといえば寡黙な〝代行〟だけど、彼の言葉はいつも私たちを正しい方向へと導いてくれた。
だから彼がやめろといえば、酔っ払い気味の或花たちも騒ぐのをやめてくれるはず。そもそも今日の勉強会は、代行のために開かれたのだから。

しかし代行は、或花たちの熱唱をやめさせようとはしなかった。
代わりに彼は余っていたマイクの一本を手に取り、或花の声に合わせて副旋律を歌い出す。

「って、代行も歌うのかよ……⁉︎」
「しかも、ハモり、上手っ……!」

代行の予想外の行動に、小瀧と私は絶句する。
笑い上戸の多喜先輩がなぜか爆笑し、エアギターとオタ芸で盛り上げる月山くんと江茉ちゃん。或花はすっかり気分を良くして、曲に合わせて踊り出す。大サービスだ。

「なんか、勉強するって雰囲気じゃなくなっちまったな。まあ、たまにはこういうのもいいか……」
「そうだね……みんなの意外な一面も見られたしね」

小瀧の投げやりな呟きに、私は苦笑まじりに同意する。

休日の試験勉強。仲間たちとのカラオケ。そんな何気ない日常ですら、私たちが〝代行〟とともに命懸けで戦って手に入れたものだった。そう思うと、こんな馬鹿騒ぎでさえ、かけがえのない大切な時間だと思えてくる。

「乃愛」

一曲を歌いきった或花が、私にマイクを手渡してくる。次は私に歌え、ということか。
次の曲のイントロが始まり、私は〝代行〟とうなずき合う。
私は歌が得意じゃないし、今はそんなことをしている場合じゃないのもわかっている。
だけど〝代行〟と一緒になら、歌ってみたいと自然に思えた。

私たちは、この一瞬一瞬を、変化していく仲間たち、そして変わっていく自分自身とともに生きている。
私たちの革命は、まだ終わらない。

 

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